056:手紙






「タニス副長!」
 呼びかけられた声に、ベグニオン帝国神使親衛隊副隊長タニスは足を止めて振り向いた。
 自分を呼んだのは部下のマーシャだった。
「どうした、マーシャ」
「いえ。副長宛にお手紙が来てましたので、届けに」
「手紙…誰からだ?」
 それだけで相手は想像がついたが、一応タニスは尋ねる。
 マーシャはすぐに答えた。
「オスカーさんからです。また新しいお料理の作り方を書いてきたんでしょうか」
「多分、そうだろうな」
 手紙を受け取りながらタニスはふっ、と笑った。
 デイン・クリミア戦争の時に知り合った傭兵団の青年オスカー。
 初めの印象は「礼儀正しい」だった。
 後に戦術論を交わしお互い連携して戦いを行うなど、何時の間にかパートナーとなっていた。
 彼の補佐はタニスにとって多いに助けになり、ベグニオンに連れて帰りたいと思ったほどだ。
 だが彼は帰る家であるグレイル傭兵団に残って、今はクリミア復興の役に立っているはず。
 タニスとは手紙を交わし近況を報告し合っている。
 その彼が新たな料理のレシピを書いてきたのか――と思うには、理由がある。
 実は、タニスはオスカーに料理を教わっていたのだ。
 剣術や槍術に長けているものの、タニスは料理が全く出来なかった。
 以前に一回だけ料理した時は、兵士に何を食べさせたいのかがわからないと言われる始末。
 それを情けなく感じたタニスは、教えようかと申し出たオスカーに教わる事にしたのだ。
 時間は短かったが基礎を教わった彼女はベグニオンに戻ってからも腕を上げるべく、
 任務の合間を縫って料理に勤しんでいる。
 それを知ったオスカーが手紙と一緒に送ってくれているのだ。
 ちなみに、試作した料理の味見役が、マーシャである。
「副長、ずいぶん料理の腕上げられましたよね」
「自分でも驚いている。前は本当に情けなかったからな。オスカーには本当に感謝している」
 失敗ばかりやらかす自分にオスカーはめげずに教えてくれた。
 包丁で指を切ってばかりの、あの頃。
 そんなに時間は経っていないはずなのに、ひどく懐かしく感じるのはなぜか。
 だが時間は戻せない。
「…マーシャ、ご苦労だったな。そろそろ自分の任に戻れ」
「あっ、そ、そうでした! 失礼しました副長!」
 ビシッ、と敬礼の後に礼をして戻ろうとするマーシャ。
 その彼女にタニスは。
「今度、また味見をしてもらうからな」
「は、はい! 楽しみにしてます!!」
 と声をかけ、いい返事をもらった。




 夜。一日の任が終わり自分の部屋で手紙を開いた。
 彼らしく丁寧な字で書かれていた。


 前略 タニス殿


 そろそろ夏になる頃、いかがお過ごしでしょうか。
 先日はお返事ありがとうございます。

 アイクは爵位を返上し、私含め傭兵団の一同は以前の生活に戻りました。
 しかし一年前と違う部分もいくつかあります。
 前団長の死、末の弟の参戦、荒廃してしまったクリミア…。
 これらの現実を見るとデインとクリミアの戦争はあまりにも大きく、深い傷になっていると今更ながら思います。
 ですがラグズに対する理解を深められたことは光明だと思います。
 今後も傭兵として苦しむ人々を助けようと努力します。

 話は変わりまして、今度…この手紙が届いてから少し後に到着となるでしょうか。
 私たち傭兵団はベグニオンに参ります。
 こちらも落ち着きましたので神使サナキ様にご挨拶に窺います。
 エリンシア女王陛下の即位式に、宰相セフェラン殿がご出席いただきました事のお礼も兼ねております。
 その時にタニス殿とは久方振りにお会い出来るでしょう。
 もし時間が取れれば、近況を直接報告し合いたいものです。

 それでは、これにて筆を置きます。
 最後に、また別の料理の作り方を同封しておきます。
 御身体に、お気をつけて。


                                          草々  オスカー




「…時間は、取るさ」
 せっかく二人で話せるのだから――。
 会えると知った瞬間から、ふつふつと湧き上がる感情。
 無性に会いたい。
 会って、話をしたい。
 そして料理の腕も見てもらいたい。
「…新しい料理でも、練習するか」
 もう一枚の紙に書かれたレシピを見るタニス。
 いつも味見を指せているマーシャには少し悪いなと思いつつ。
 早く会いたい――。
 そう遠くない未来を描きながら、タニスは手紙を封筒にしまった。






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