054:闘技会
三ヶ月に一度、エトルリア王立士官学校では騎士学部の人間による闘技会が行われる。
訓練の成果を全体に示す機会であり、軍の要職に付く者も見に来るため、
ここで好成績を取ることは出世道を歩むことと同義なのだ。
ただ、ここ数年はたった一人にだけ、期待の目が注がれていた。
現『騎士軍将』アーサーもゆくゆくは後継者として期待しているほどの逸材――。
登場と同時に、歓声があがる。
ただそれには、単純な歓喜と同時に嫉妬といった感情も含まれていることに、彼は気付いている。
闘技服の上に着けている甲冑の色は、漆黒。
模擬試合用の模造槍をその手に携え、甲冑と同じく黒馬にまたがっている。
黒という闇を表す色と他者を威圧する雰囲気に、相手はすでにたじろいでいた。
所々から、嘆息が聞こえてくる。
(誰も、あいつには勝てやしないよ)
嫉妬が明らかにこもった声だった。
(同学年も、上級生でも、あいつには勝てないんだろう?
天は二物を与えずとは言うけれどさ、例外だぜ、絶対に。
顔よし、成績は現主席、家柄は文句無し。全く…いやになる)
はあ、見ている人物達はとため息をついた。
一方嫉妬の瞳が注がれている彼は、対戦相手に集中していた。
勝負で手加減はしない。たとえどのように言われたとしても、戦いの場に情けは無用。
――勝たなければ生き残ることの出来ない非情な世界に生きる身としては。
試合開始と同時に、相手が突撃して来る。それを彼は、迎え撃つ。
どのように攻撃して来るのかを予測して、構える。
模造槍の一撃が、来た。
しかし予想していた動きで、受け流して反撃する。
狙いは肩当ての継ぎ目。
「――!」
集中しての一撃は狙い違わず肩当ての継ぎ目を捉えた。
衝撃に相手は落馬する。
勝負はただ一撃でついた。
歓声と同時に、注がれる嫉妬。
(もう少し手加減してやれよなぁ。ま、冗談なんか通じない奴だからな)
(全くだ。血も涙も無いぜ、あいつ――パーシバル=リスティノイスは)
「お疲れ様です!」
控え室に戻った所で、パーシバルは元気な声を掛けられた。
長い紅い髪の少年と、肩の辺りで切り揃えられた翠の髪の少女がそこにいた。
「…お前達か」
「さすがはパーシバル様ですよね。最低限の動きだけで相手を倒すんですから。
俺達も見習わないとな、セシル」
セシル――そう呼ばれた少女はうなずいた。
「そうね、フェレス。いかに相手の動きを見切ってこちらの被害を最小限に食い止めるのは
基本だし…瞬間の洞察力が問われるわね。これは訓練次第かしら」
「だよな。今度色々試そうぜ」
「…お前達、何をしに来た」
言われて二人は我に返る。
二人だけで話をしてしまって、忘れ去られたのが少々頭に来たのか。
低く唸るような声で問い掛ける。
「あ、す、すみません! もちろん労いに。な、セシル」
「ええ。魔道学部にはこういう試合はありませんからわかりませんが、三月に一度は大変だと思いまして。
あ、これ差し入れです。どうぞ良かったら」
彼女が差し出したものは焼き菓子だった。
一試合ごとに集中力と体力を使うのでこういう甘いものは補給にちょうどいいが、
不謹慎ではないかと思う。
しかしよくよく見ると、一枚一枚形が微妙に違う。
(自分で作ったのか…?)
貴族令嬢が、どうして――と、パーシバルは思う。
こんな自分になぜ彼女は嫉妬を向けることなく、接するのか。
わからない。けれど嫌な気分ではない。
「…分かった。いただこうか」
「ありがとうございます! 頑張って作った甲斐がありますわ」
大輪の笑みを、彼女が見せた。
やっぱり――と同時に、何かが湧き上がる。
それがどのようなものか彼にはまだ理解できなかったが、不快ではないことはわかる。
「セシル〜。俺の分はないのか〜?」
「はいはい、後でね。それでは失礼いたしますね、パーシバル様」
「ああ」
そして二人は控え室を出ようとする。
「セシリア」
「はい」
呼び掛けに振り返ってセシリアは彼のほうを向く。
「…ありがとう」
「…! はい!」
また、輝いた笑顔。
彼女達が去った後、一枚焼き菓子をほおばる。
控えめの甘さにほどよい仕上がりの生地。懸命に作ったのがよくわかる。
闘技会の中に渦巻いていた嫉妬も一時忘れ、わずかにその顔から笑みがこぼれた。
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