042:裏切り








「――よお、パーシバル」


 久し振りの声に、パーシバルは顔を上げた。
 アクレイアの騎士軍将執務室に、いつのまにか現れた姿。
 長い紅い髪と、黒のローブ姿の男。よく見知った顔。
「…お前か。私の執務室に忍び込むとは、いい度胸だな」
 パーシバルは椅子から立ち上がり、今にも剣を抜きそうな気配を漂わせる。
 しかし臆することもなく、相手は言った。
「そっちこそいい度胸してるぜ…。いつまで、あんな連中に義理建てする気だ?
 もう、エトルリアは滅んだも同然だぜ」
「まだだ。陛下がおられる限り、エトルリアは滅んでいない」
「傀儡の王だってのにかよ」
 他者を威圧する声にも、相手は臆せずに切り返す。
「解かってるだろうが。今やこの国はロアーツやアルカルドのいいようにされてる。
 そのあいつらもベルンに利用されてるだけだって解かってねえし。
 お前なら、気付いてるだろう? パーシバル騎士軍将閣下」
 しばしの瞑目。
 パーシバルは、答えた。
「ああ。だが私はこの国を守るべき――軍将だ。国を、象徴たる陛下をお守りせねばならない」
「だから、クーデター派にいると? 間違っているって、解かっていてもか」
「その通りだ」
 固すぎる答えに、頭に来た。
 ギッ、と見据えて――言った。


「そのためには、愛する女も見殺しにするのか?」


 彼の全身が――固まった。
「言ったはずだぜ、俺は。「あいつを頼む」って。俺はお前を信じて頼んだんだ。
 けど蓋をあけてみればこの通り…。お前に裏切られたようだな」
「違う。私は裏切ってなど――」
「じゃあ、どうして見殺しにした」
 切り返され、言葉を失うパーシバル。彼は続けた。
「ゼフィール王に斬られても、お前は何をした? なにもしなかっただろう。
 助けようともせずに、お前はその場を去った。お前は、俺を――そしてあいつを裏切ったんだ!」
「……」
 心に突き刺さる言葉に、パーシバルはなにも言えなかった。
 いかなる事情があっても、見殺しにしたことは事実。
 変えられない事実。
「いい加減…目を覚ませっ!」
 バキッ!
 彼は一発。パーシバルの右頬に拳を叩きこんだ。
「…お前…」
「王子が死んで、王を守るのは解かる。でも、王一人で国は造れるか!?
 国を造るのは、そこに暮らす人間だ!! あいつはそれをわかっていた!
 このままではベルンに蹂躙されるとわかって、国の民のために、あいつは戦った!
 パーシバル。お前は何のために、戦っている!?」
「…エクター」
 誰がために。
 何がために。
 ――自分の忠義は、亡き王子のために。
 けれど今は意味など成さない。
 …解かっていた。自分は迷っていると。
 忠義を見失い、戦う意味を見失ったと。
 その迷いが今回の件を引き起こしたのだと、十分過ぎるほど解かっていた。
「――帰れ。一人に――してくれ」
「……」
 わずかににじみ出た苦しみの顔に、彼はため息をついた。
「わかったよ。これ以上いたら斬られそうだしな。でもよく考えろ。
 これからの戦局はお前が左右するも同然。どこに正義があって、どうすべきなのか。
 忠義は従順だけじゃない。それでもあいつらと共にいるというのなら、俺は一生お前を憎む」
「……済まん」
 そこでようやく聞いた、謝罪の声。
 彼は、一冊の本を出した。
 中央に光の具合で色の変わる宝玉がはめ込まれている。
 机の上にそれを置いた。
「これ渡しとく。取り返したから持ってろよ」
「…これは…あいつの」
「じゃあ、な」
 苦々しい顔で彼は一本の杖を取り出し、転移魔法で姿を消した。
 あとには一冊の本。
「……」
 パーシバルはそれを手に取って思い返す。
 自分は、愚かだ。
 忠義の名の元に逃げていただけだ。
 その結果起こった悲劇は、再び大切な人を失うということ。
 これは罰なのだ。
 自分を信じた人を裏切った罪への。


 私は、友人も――愛する人も裏切った。


「……済まない……二人とも……」
 机に置いて、顔を手で押さえる。
 後悔の呟きが部屋の空気を震わせた。






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