040:指輪






 コロコロ…。
 友人から落ちた物を、ウィルは拾い上げた。
 銀色の指輪。
 表には紋章。裏には何か変わった文字が刻まれていてよく判らない。
「エリア、落としたぜ」
「え? ああ、済まないウィル」
 差し出した手にそれを返す。気になったウィルは尋ねることにした。
「なあ、その指輪なんなんだ?」
「これか…これは『誓いの指輪』なんだ」
「?」
 首を傾げるウィルにエリアザールは答える。
「結婚式で夫婦は指輪をはめるだろう? これもその時に使う類なんだけど、その前の婚約にも使うんだ」
「へー」
 相槌を打つウィル。エリアザールは続けた。
「この指輪はエトルリア貴族の風習で、二つで一つの指輪なんだ。
 家の当主と十五以上になった嫡子にのみ持つ事が許され、異性への求婚の際に使う。
 表の紋章は家の紋章。裏の文字は魔道文字。僕は読めないが、誓いの言葉が刻まれているらしい」
「そんな物があるんだ…。あれ? でも普通指輪って、はめるよな。何ではめてないんだ?」
「戦闘のときに邪魔なんだよ。グローブの下にあるのも変な感覚がするしね」
「そりゃそうか。弓引くのに邪魔になっちゃうもんな」
「そう言うこと」
 弓使いであるウィルは納得。エリアザールも同意してうなずく。
 だが次の言葉はエリアザールを驚かせた。
「じゃあさ、将来イーリスさんにでも結婚を申し込む時に、使うのか?」
「なっ!? な、なんでそこで彼女が出るんだ!」
 あまりの慌て振りに、ウィルの方が驚く。
「え? 違うの?」
「違うよ。…僕の立場では、彼女に申し込むことなんてできない。
 それに…この苦しい運命に、巻きこみたくない……」
 苦渋の表情。
 …好きだけれど、告白できない。
 もし自分がこのような運命を持っていなかったらきっと告白しただろう。
 常に死と隣合わせ。
 他人に深く関わりたくないのはそのためだった。
 彼らも、自分も苦しむことはないからと。
 だがエリアザールは、出逢ってしまった。
 今の自分を創るきっかけとなった想い人――イーリスに。
 そして他人に関わる事への恐れを取り除いた大切な友人――ウィルに。
 二人には感謝している。だがそれゆえに苦痛を味合わせたくない。
「…エリア」
「済まない、ウィル。…そうだ、君のほうこそ将来どうするんだい?
 レベッカには、申し込まないのかい?」
「!?!?!?」
 ふと思いついての反撃。
 ウィルが慌てふためいた。
「な、なんで、レベッカ!?」
「大切な幼なじみ、だろう?」
「ま、まあ…そうだけどさ。小さい頃はよく「お嫁さんごっこ」もやったぜ?
 レベッカが花嫁で、俺は花婿で。ダンの奴に恨めしそうに睨まれてた」
「なら、良いじゃないか。今でも彼女が大切なんだろう?
 彼女だって、君のことが大切なんだから」
「う、う〜ん」
 唸るウィル。困った友人の姿に少しだけ彼は笑った。
 と、そこに――。
「あら、エリア。ウィル」
「ウィル、エリアザールさん」
 本当に噂をすれば影だ。イーリスとレベッカの二人がすぐ近くに来ていた。
「イーリス」
「レ、レベッカ!」
「? どうしたの? ウィル。なんだか顔赤い…」
 不思議だなと思ったレベッカは首を傾げる。
「な、なんでもねえよ。別に、将来のこととか考えてたわけじゃ…」
「え」
 墓穴を掘ったとはこの事。ウィルはしまったと思ったがもう遅い。
「将来のことって…」
「指輪の話をしていたのさ」
 エリアザールが止めとばかりに銀の指輪を見せた。
「あら。「誓いの指輪」じゃない」
「イーリスさん。それって、なんですか?」
 レベッカの問い掛けに彼女は答えた。
「俗に言う、婚約及び結婚指輪よ」
「…え…? もしかして、将来のことって…私に……?」
 状況を理解したようで、レベッカも顔が次第に赤くなっていくのを感じた。
「ウィル、もしかして、将来…私を?」
「え、あ、いや、そういうわけじゃ」
「正直に言ったらどうだい?」
 友人の言葉がグサリと突き刺さる。
「…エリア。私達は邪魔よ。行きましょう」
「ああ」
 二人でその場を離れた。
 そうしてウィルと、レベッカは。
「…あのさ、前――言ったよな。俺が傍で…守るからって」
「うん」
「だから――俺、いつかきっと…レベッカに、指輪…贈るよ」
「……ウィル……!」
 限界に達したレベッカは、泣いた。
「ありがとう、ウィル。ありがとう…」
 感謝の涙だった。レベッカの笑顔はなによりもそれに彩られて、可憐だった。




 一方、エリアザールとイーリスは。
「どうして、指輪の話なんかしていたの?」
「ちょっと落としてね。それで」
「そうなの。…ねえ、エリアも将来結婚するんでしょう?
 どういう人と結婚する事になると思う?」
 イーリスは疑問を口にした。
 ディナス伯爵家の嫡男である以上、後継ぎをもうけるのは義務である。
 だが彼の家は代々影を知り、影を担っている。
 普通の貴族令嬢を娶ることはできない。
 だからどうするのか――イーリスは知りたくて聞いた。
 自分でもこの問いをどうして浮かべたか疑問だったが、聞きたい思いが勝った。
 彼は――答えた。
「ディナス家は親族婚が多い。おそらくは親族の女性から妻を迎えるだろう」
「…そう」
 どことなく暗い顔をしたのを、両者察した。
 どうしてそんな顔をするのか――わからない。
「イーリス」
「エリア」
 同時に、呼びかけていた。目が合ってしまい、わずかに顔を赤くする。
「……ごめんなさい。こんな事を、聞いて」
「いいさ。僕のほうこそ済まない」
 もしかしたら、と思ったがエリアザールは考えを打ち消した。
 名門の姫を過酷な運命に引きずることはできない。
 だから、いい。
 今――傍にいられるだけでいいんだ。
 エリアザールは手に握ったままの指輪を見た。


 いつか、この指輪を彼女に渡せたら。


 いや――考えてはいけない。
「くっ…」
 エリアザールは歯噛みする。
「エリア?」
 イーリスが様子に気付いて心配そうに覗き込む。
「いや――大丈夫だ」
 わずかに笑って彼はごまかした。



 彼は「誓いの指輪」を握り締めた。






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