029:ペルソナ








 ペルソナ。




 それは、自分を守るための仮面―――。





「表情変わらないね〜パーシバルって」
 士官学校の後輩で、友人で、魔道軍で有名な士官に、そんな言葉を言われた。
「いつものことだ」
 彼はあっさりとそう答えた。
「あっ、そう…」
 曖昧にうなずく。
 でも――その仮面が剥がれる時があるんだよな…。
 と思った。
「…そう言えば、なんで椅子がもう一つある? 誰か来るのか?」
 パーシバルはそう問うた。
 現在は兵舎のうちの一つの部屋で休憩中。丸テーブルには休息用の紅茶と菓子。
 椅子は自分と彼が座っている二つと、もう一つ空いている椅子があった。
 魔道軍士官の青年は答えた。
「ああ。もう少ししたら休憩だと言ってたから――セシル、来るよ」
「セシリアが? …そうか」
 ほんのわずか――表情が変わったのを彼は見逃さなかった。
(ほーら。この人は、あいつのことになると仮面が剥がれるんだよ)
 ずっと二人を見てきたから知っている。
 この二人にある、絶対の信頼を。
 そしてお互い自覚しているのかどうか判らないが、惹かれ合っているということ。
 その間で心を痛めていることに、相手は気付かない。
「ごめんなさい。遅くなってしまったかしら?」
 そこで、彼女がやってきた。
 軽く挨拶して、空いている椅子に座って自分でお茶を入れる。
「パーシバル将軍。大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「日々軍務でお忙しいのに、付き合っていただきまして」
「構わない。たまには休息も必要だろう」
「そうですわね。将軍はあまり休息を取らないような方ですもの」
 パーシバルが、ため息をついた。
「…手厳しいな」
「あら。と言うことはやっぱりあまり休息を取りませんのね。それではいつか倒れますわ」
「セシル。困っているからそのぐらいにしておけよ」
「いいのよ、フェレス。このぐらい言わないと絶対倒れそうなんだもの」
 それはそうだ、と思ってフェレスは苦笑いをした。
「…セシリア…」
 低い声をそれを咎めるパーシバル。いつもの無表情ではなく、もう止してくれと願うような顔が出ている。
(あらら。やっぱり剥がれてる)
 お茶をすすりながらフェレスは彼を観察していた。
 正確に言えば、二人を。
 二人は仲がいい。
 無表情、無愛想でよく知られる騎士軍きっての将官と、エトルリア淑女の見本とも言われる魔道軍女性士官。
 この二人は自分の知らないところで出会い、話し、心惹かれた。
 自分が、先に、出会ったのに。
 彼が想っていると自覚する前に、彼女のことを想っていたのに。
 でもそんなことは一人よがりだということも分かっている。
 今は、二人の良き友人――それが自分の役割。
 この関係を自分から壊してはいけない。そうしたらひび割れてどうなるか想像がつかない。
 楽しい日々を壊したくない。でも、彼女を愛していると伝えたい。
 しかし、決して叶わない想いだと知っている……。
「――二人とも。俺――ちょっと出るから」
「え? どうして」
「まあ、少しな。それじゃ二人でゆっくりしててくれ」
 まずい、と思ったフェレスは席を立って部屋を出た。
 部屋を出て少し進む。ちくしょうと呟いた後顔を手で押さえた。
「セシル」
 愛称で、彼女のことを呼ぶ。
「セシル」
 再び、呼ぶ。
「…好きだ。お前が好きだ。……でも、お前は……あいつが好きなんだろう…?」
 誰にも聞こえない声で言ってから、一筋の涙を拭った。
 顔を上げると、いつものどこかおどけた顔に戻った。




 俺は、この仮面を被りつづけよう。



 それが彼女の幸せになるから。


 
 自分の幸せにもなるから。



 引き離しはしないから。



 単なる、友人でいいから。



 どうか傍にいさせて欲しい……。






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