022:宝石







 誰にも、似合う宝石はある。



「セシリアには、エメラルドが良く似合いますわ」
 リグレ家での魔道講義の合間、ルイーズが彼女に似合う宝飾品をみつくろっての台詞だった。
「ルイーズ様」
「思いません? 髪も、瞳も、鮮やかな翠色ですもの。ディアンヌ様譲りの」
「そうですけど…」
 セシリアの髪と瞳は母親ディアンヌ譲りだ。ちなみに弟のセレトも、髪と瞳は母譲り。
 二人とも魔道の資質があるので、父親にそれほど似なかったのだろう。
「だから、良く似合いますのよ。エメラルドは「宝石の女王」と呼ばれていますわ。
 それに新緑の月の守護石と言われていますし、あなたにふさわしい宝石ではなくて?」
「そうかもしれませんが」
 セシリアは新緑の月――こちらの暦では五月――生まれ。月の守護石は「宝石の女王」エメラルドだ。
 翠の輝きは彼女に良く似合う。
「あら、あなたは十五の誕生日にご両親からいただいたのではありません?
 とても綺麗なエメラルドの首飾りを」
 言われて詰まる。
 セシリアが十五の誕生日を迎えた時、両親から大粒のエメラルドをはめ込んだ首飾りをもらった。
 守りの魔法がかけられているこの首飾りを大事に彼女は持っている。
「セレトもそう思いません? お姉様にはどのような宝石が似合いますかしら」
 魔道理論書を読んでいたセレトに話題を振られた。
 問いかけられ、少時戸惑って弟は答えた。
「そうですね。姉上には、エメラルドが良く似合うかと」
「ほら」
 ふふ、と少女のようにルイーズは微笑む。セシリアも観念した。
「わかりましたわ。ルイーズ様にそう仰られれば認めないわけには参りませんわ」
「でしょう? そうですわ、セレトにはどのような宝石が似合いますかしら」
「えっ?」
 いきなり興味の対象が姉から弟に変わって、セレトは驚いた。
「男の子ですものね。セシリアと同じではなくて…綺麗な青。サファイア辺りが合いませんかしら」
「あ、あのっ」
 宝飾品を手に、セレトに近寄るルイーズ。彼は慌てる。
「パント様は、どう思いますかしら」
 ルイーズはその前に、夫でありセシリア・セレト姉弟の師匠パントに問いかけた。
「セレトに似合う宝石かい? 私もルイーズと同意見かな」
「ちょ、パント様」
 夫婦揃ってからかうのか――と思った瞬間、彼は言った。
「真面目な話、宝石には強い魔力が秘められているという。
 ルビーは炎、ダイヤモンドが光でジェットが闇と言うように、属性の守護石とも言われている。
 セレトは氷の加護を受けているから、氷の守護石サファイアとの相性は良いはずだよ」
「え、では姉上は? 姉上は理の加護ですけど…」
 セレトの問いに、パントは答えた。
「そうなんだよね。理の守護石は水晶なんだよ。千万変化する力を持つ水晶はあらゆる魔法の媒体にも使われている。
 特に虹水晶は理魔法との相性がいい。それを考えるとセシリアには水晶が似合うんだが、
 君の髪や瞳の色は、風の守護石エメラルドと相性が良いだろうね。好んで風魔法を使っているようだし」
「それは…そうですが」
 セシリアは風魔法を好んで使っている。周りに与える影響もまだ少ない魔法でもあるし、好みもあるのだが。
「誰にでも、一つは似合う宝石はあると思うけどね。まあ、参考程度さ。気にしないで良いよ」
 はあ、と思った。
 でも誰にも一つは似合う宝石――を考えて、宝飾品の類など好まない人間を思い出す。
 彼には何が似合うだろうか。
 派手な色の宝石は気に召さないだろうし、合わないと思う。
 やっぱり、彼が好む色が良く似合うか…。
 黒の宝石。
 闇の守護石ジェットでも。
 今度、彼に何か贈ろうかなと思った。
 たとえ気に入ってくれなくとも構わない。



 誰にも、きっと一つは似合う宝石があるはずだから。






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