020:花束
そういえば、とツァイスは思った。
(そうだ…今日はエレンの誕生日じゃないか!)
しまった、と自分を恥じる。
以前から想いを寄せている女性の誕生日を知っていて、それを忘れていた自分が恨めしい。
早急になにかプレゼントでも用意しないといけないなとツァイスは心に決め、
非番なのをいいことに城下の街へと早速出かけて行った。
それを窓から見ていた姉ミレディ。
「ツァイス…どうしたのかしら慌てて」
「どうかなされたのですか? ミレディさん」
そこに当のエレンも現れる。
「いえ。なんだかツァイス、慌てて街へ出かけて行ったのよ。どうしたのかしら」
「…どうかなさったのでしょうか…心配です…」
「あら、エレン。あの子のことがそんなに心配?」
ポンッ、とエレンの顔が赤くなった。
「い、いえ。わ、私は…」
「いいのよ。…幸せ者よね、ツァイス」
はあ、とため息をつきながら姉は窓から城下を見る。
そうしてふとミレディも思い出した。
「そう言えば…今日って、エレンの誕生日じゃない?」
「え? …言われれば…」
ようやく思い出す本人。言われるまで忘れていたようだ。
「…だから、ね」
「???」
首を傾げるエレン。そんな彼女の様子を見ながら、ミレディは苦笑した。
(頑張りなさいな、ツァイス)
プレゼントを買うと決めたものの、どういうものが彼女の趣味に合うだろうと思ったら、
ツァイスは四苦八苦した。
何しろ彼女はエリミーヌ教団の修道女でもある。豪華な物は嫌うし、彼女自身装飾品の類はあまり身に付けない。
なおかつ彼女に似合いそうな物となるとかなり絞られる。
「…あ」
ふと目に入ったのは銀製でシンプルな作りのクロスペンダント。
これなら法衣の上から身に付けていても違和感はないなと思う。
よし、と思ってツァイスはそのペンダントを買うことにした。
箱に入れて包んでもらい、店を出る。
だが、なんだか物足りない。
「どうしたものかな。このペンダントだけじゃなんか物足りないよな…」
云々唸る。
「もうちょっと、インパクトが欲しいなぁ。エレンを驚かせたい」
そう、驚かせて喜ばせたいという気持ちが彼にはあったのだ。
なのでこのペンダントだけでは、印象が少し薄い気がしている。
本当にどうしたものかなとツァイスは街中を歩き回ることにした。
街で見かけるのはとりどりの果物、交易品、薬など……。
「…?」
ふと菓子店で、魔道士の少年ルゥを見つけた。
視線に気が付いたルゥが振り返ると笑顔でツァイスに挨拶をした。
「こんにちは、ツァイスさん」
「やあ、ルゥ。どうしたんだい?」
「お菓子見てたんだ。孤児院のみんなに贈ってあげようと思って…」
「……」
事情は姉やエレンから聞いている。
自分の祖国が、彼のいた孤児院を潰してしまったと。
でも、彼の純粋な心は憎しみも越えて二人と交流している。
その縁からルゥはツァイスとも話をする。この前は愛竜ルブレーに乗せて一緒に空を飛んだこともある。
「…そうか。じゃあ、美味しい物を贈ってやらないとな」
「はい。ツァイスさんならどれがいい? 僕一人じゃ迷ってて…」
「あれ? チャドやレイは? 一緒じゃないのか?」
「チャドは別の所でみんなに贈る物を見てるんだ。レイは一緒には来てくれなくて」
だから一人なのか。
そう思うと今の自分と状況がよく似ているなと思った。
なら――と思ってツァイスはルゥに訊いてみることにした。
「ルゥ。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「? どうしたの?」
「…知り合いの女の子の誕生日には、何を贈ったらいいと思う?」
ちょっとだけ、ルゥのすべての行動が止まった。
それから首を傾げて考える。
「う〜ん…女の子、なんだよね?」
「ああ」
「でも、どうして聞くの?」
「ちょっと訳ありでさ…いいから」
頼み込むツァイスに、元々断れない性格のルゥは答えた。
「…僕だったら、色とりどりのお花なんかいいなって思うな」
花。
そうだ。と思った。
以前彼女がベルンで育てていた花を贈った。彼女は泣くほど喜んだ。
色とりどりの花と、このプレゼント…。
光明を見出し、ツァイスはルゥの両手を掴んで感謝した。
「ありがとうルゥ! これで何とかなりそうだ!!」
「…悩んでたの?」
「ああ。でも、これで決まった。じゃあ、ルゥの友達に贈る物も見ないとな」
「うん!」
笑顔でルゥはうなずいた。
夕暮れ――エレンは城の廊下を歩いていた。
窓から夕日の紅い光が降り注ぐ。
「…お祈りも終わったし…どうしましょう」
夕方の祈りを終えた彼女は自分の部屋に戻ろうかと考える。
誕生日だから、自分と親しいミレディやサウル神父達は祝ってくれた。
でも、出かけていたから…まだ、祝ってもらえていない…。
たった一人の大切な人に…。
「…ツァイス…」
「――エレン?」
「!?」
声に驚いて振り向けば、ツァイスその人が廊下の先にいた。
手は後ろに回している。
「ちょうど良かった。探してたんだ」
「私を…?」
うん――近付きながらうなずいて肯定する。
「ちょっと、目を閉じててくれるかな」
「え? 目を、ですか?」
「ああ。ちょっとだけでいいから」
言われた通りに目を閉じる。
そうした次の瞬間、心地よい香りがふわっと広がった。
「いいよ」
目を開けたエレンの視界に、たくさんの色が入ってきた。
赤、黄色、白、青…様々な色を持つ花束が彼女の目の前にある。
「…これ…」
「エレン、誕生日おめでとう」
「…!!」
言葉に、彼女の心が震えた。
瞳から涙が溢れてくる。
「…今日は…このために…?」
「ああ。ずいぶんと手間取っちゃったけれど…。エレン、花が好きだからきっと喜んでくれるだろうと思って」
「…わたっ、私…」
大粒の涙を零し始めたエレンに、ツァイスは慌てた。
泣かせてしまってどうすればいいか至急考える。
しかしそんな心配は要らなかった。
「…嬉しい…。私、すごく嬉しいです…」
「…エレン…」
涙を拭ったエレンは、ツァイスの真紅の瞳を見つめた。
優しい瞳。
やっぱり私の大切な人だと改めて認識する。
「ありがとう、ツァイス…」
花束を受け取るエレン。その中に一つ包まれた箱を見つけた。
開いてみると銀製のクロスペンダント。
もう一度彼を見た。
「それも君に。装飾品とかあまり好きじゃないだろうけど…似合うと思って」
「……着けてみて、いいですか?」
「あ、ああ! いいよ」
花束を預かって、ツァイスはエレンがクロスペンダントを身に着けるのを見届ける。
修道女の法衣の上からでも違和感がない。質素な彼女らしい輝きがある。
「…似合い、ます…?」
「もちろん! すごくよく似合う…」
ギュッとクロスを握り締めたエレンは幸せをかみ締めていた。
こんなに嬉しい誕生日は、初めて――。
「…本当に、ありがとう…。私、本当に幸せです……」
また涙をこぼし始めた彼女の肩を優しく寄せるツァイス。
幸せに身を任せるエレン。
――花束の香りが、二人を優しく包んでいた。
戻る